BeyondTheBlack TOKYO 2025ースペシャル対談「成長し続ける企業におけるCFOの視座」~アシックス林CFOと探る経営の本質~
「BeyondTheBlack TOKYO 2025」レポート
「BeyondTheBlack TOKYO 2025」レポート、シリーズ2回目はアシックスの林CFOをお招きしてのスペシャル対談です。
先日、東京で開催された世界陸上では、男子マラソンの約4割、女子マラソンで約3割の選手がアシックスを着用という記事を目にしました。業績も急激な伸びを見せており、様々な媒体でアシックスの名前を目にする機会が増えています。
今回登壇いただいた林CFOは、2015年のアシックスへの中途入社以降、経営改革をリードするメンバーの一員として様々なチャレンジを続けられています。IRにおいては年間約200社の投資家やアナリストと面談を行い、2024年にCFOに就任した後にはサプライチェーンも管掌するなど幅広い活躍を見せています。アシックスの企業価値向上に大きく貢献するだけでなく、今、CFO界隈で最も注目を集める存在のひとりです。
対談ではアシックスの成長の理由や、その中で“チーム林”がどのような役割を果たしてきたか、日本CFO協会の日置氏に掘り下げていただきました。
快進撃の号砲は2018年
現CEOの廣田氏が2018年にCOO(当時)に就任し、収益改善を目指した新しい経営体制がスタートしました。下図はその間の業績の推移をまとめたものですが、様々な経営改革の取組みが利益率の大幅改善(2018年 2.7% → 2024年14.8%)という結果につながっていることがよくわかります。
地域軸からカテゴリー(プロダクト)軸での経営体制へ
改革の第一弾として地域軸の経営管理体制からカテゴリー軸での経営体制へとドラスティックな変更が行われました。従来の地域軸の経営体制は、ものごとがうまく回っているときは良かったのですが、業績が下降した時期に部門間で責任の所在が曖昧になり、対応が後手に回る場面も見られたため、カテゴリーごとに1人の責任者を置くことで、「言い訳のない経営体制」(Commitment, No Excuse, Take Action)を実現する体制への転換を図ったのです。
ガチンコ経営
アシックスは株価においても近年、急激な伸びを見せていますが、好調な業績に加えて、資本政策でも思い切った取組みを実施しています。「政策保有株式の売却」と「株式の売出し」です。
この施策に対し、従来の安定株主が抜けることを不安視する声もあったかもしれませんが、アシックスは株主構成を再構築し、資本市場と真正面から向き合い、市場からの厳しい声も原動力に、より緊張感をもって経営することを選択しました。アシックスではこれを「ガチンコ経営」と呼んでいます。
選択と集中
カテゴリー経営に続く改革の柱が「グローバルでのランニングへの注力」であり、そのために必要だったのが「選択と集中」です。
一例をあげると、かつてグローバルで1,100店舗あった直営店を今では600店舗にまで削減しています。その他にも収益改善の見込みがない事業から撤退するなど、「閉める歴史だった」と言っても過言ではないほど、改革にあたって様々なことを“止めて”います。
そして、止めるために重要なのがデータです。直営店のひとつひとつが儲かっているのかいないのか、データで可視化されていなければ、正しい判断はできません。
グローバル成長に向けた、戦略的なターゲット設定
アシックスでは、2018年以前は「売上」が重視されていました。しかし、現在は、ターゲットを売上ではなく「利益」に転換していると林氏は言います。ただ、それだけでは成長することはできないので、加えて「ランニングで1番になること」を目標に掲げています。具体的にはシェアを獲ること。売上と同義的ではありますが、敢えて「売上」という言葉を使わずに「ランニングで1番になること」を目指すことで、利益と成長のバランスが取れていると考えています。
下図はグローバルでの大きなマラソン大会におけるアシックスのシェアですが、海外に目を向ければ、まだまだ成長余地があります。先進国と言われている地域だけでなく、その他の地域でも社会の発展にともなって生活水準が向上し、健康志向が高まることで、まだまだランニング市場の広がりが期待されます。
グローバルでアシックスが選ばれるために
ターゲットの設定以外にも、グローバルで成長するために製品開発や販売力の強化にも余念がありません。地域や用途によって異なるものの、マラソンシューズの場合は概して機能性が重視されます。そのために営業の現場ではアシックスのシューズの機能面での強さを伝える活動を行い、製品開発の面ではイノベーティブな製品を毎年出し続けることに注力しています。例えば.以下の写真のシューズ名に付した番号は、商品リリース後の世代数を表しています。
また、ランニングシューズ以外で成長をけん引しているカテゴリーに、スポーツスタイルとオニツカタイガーがあります。オニツカタイガーはデザイン性を強味としており、シューズブランドの中でもエッジがある存在となっています。
また、スポーツスタイルの市場規模は10兆円と言われるほど大きな市場なのですが、ここでのアシックスのシェアは2~3%、高価格帯の市場に絞っても5%程度に留まっています。
この大きな市場で、収益を確保しながらシェアを獲るためには、やるべきことを絞り、ターゲットを明確にする必要があると、林氏は考えています。
海外投資家が注目する、アシックスの変化と進化
この10年、アシックスは強い会社になるために様々な手を打ってきました。例えば、デジタルの活用を積極的に進めてきた結果、今では売上や利益が日次でわかるようになっています。そうした「見える化」によって、サプライチェーン全体が柔軟に迅速に動けるようになっています。これはカテゴリー経営で販売と生産をつなげたからこそ出来たことです。
数多くの海外投資家との対話を続けてきた林氏は、アシックスのステージが完全に変わってきたように感じると語ります。先日のオーストラリアでの象徴的な例を紹介すると、まず、アポがしっかり取れる。そして、株式を保有していない投資家もアシックスのことをよく調べている。セルサイドのアナリストをアシックスに付けている証券会社も10年前は4社だったのですが、今は15社に増えており、アシックスの成長に対する投資家からの期待を感じます。
「マーケットも伸びているし、経営の仕組みも強化しているところに海外投資家は成長の匂いを感じているのかもしれない」(日置氏)
アシックスの経営改革において、「チーム林」はどんな手を打ってきたか
前段でも触れた「選択と集中」を実現するうえで、CFO組織である「チーム林」が果たしてきた重要な役割のひとつが、意思決定をデータで支えることです。
以下の図に示すように、アシックスは収益性を高めるために「ランニングへの集中」「不採算事業からの撤退」「直営店の整理」といった取り組みを進めてきました。
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こうした施策は、十分なデータ分析なしには実行できません。実際、不採算事業の撤退においては、多くのコストをかけて、さまざまな取り組みを止めるという難しい判断が求められました。その背景には、「売上ではなく利益にフォーカスする」という経営方針の徹底がありました。
さらに、スポンサーシップが重要なスポーツビジネスにおいても、この方針は貫かれています。アシックスでは、社会貢献活動を企業本体ではなく、新たに設立した財団(※1)を通じて行う体制に移行しています。これにより、企業としては収益性の高い事業に集中できるようになっています。
ただ、ガチンコ経営を進めていたため、財団設立にあたり株主の賛同を得るのは容易ではありませんでした(※2)。
さらにIR活動について言えば、今年から「個人向け体験型IR」をスタートしています。経営陣が国内8か所を巡り、アシックスのさまざまなシューズを持参して、来場者に試し履きをしてもらったり、歩行診断や足型測定を行ったり。アスリートによる講演も実施し、こうした体験を通じてアシックスを応援してくれるファンを増やすことが狙いです。
「アシックスの統合報告書は、ストーリー性もあってとてもいいと思うので、みなさんもご覧いただくといいと思う」(日置氏)
※1:アシックスが一般財団法人ASICS Foundationを設立 より多くの人びとに、心身の健康を(株式会社アシックス)
※2:アシックス、ISSの反対を突破し財団設立 「顧客450万人増える」と株主説得(日経ビジネス)
さいごに ~林CFOからのメッセージ~
「私自身は前を向いて進んできました。今日、お話したようにいろんな新しいことにチャレンジできました。ただ、当然、CFOだけでできることではなくて、それは、組織の全員が、CFO組織のメンバーだけなくプロダクトサイドのメンバーも含めて協力しあったからこそで、そのためには従業員をしっかりと巻き込むことが大切だと思います」
「(そのための経営の仕組みとして)アシックスはプロフィットシェアという制度を始めています。これは、会社が儲かれば従業員も、本体だけでなくグローバル全体の従業員が儲かるという仕組みです」
「こういった取組みを拡大し、引き続き、経営層と従業員のみんなとが一丸となってやっていきたいと思います」
<スピーカー>
(右)株式会社アシックス 常務執行役員CFO 林 晃司氏
(左)一般社団法人日本CFO協会/一般社団法人日本CHRO協会/一般社団法人日本CLO協会/シニア・エグゼクティ 日置 圭介氏